沖縄特集の最近のブログ記事

さとうきび畑

| コメント(0)

 さとうきび畑   作詞・作曲 寺島尚彦


1 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ
  風が通りぬけるだけ
  今日もみわたすかぎりに緑の波がうねる
  夏の陽ざしの中で

2 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ
  むかし海の向こうからいくさがやってきた
  夏の陽ざしの中で

3 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ
  あの日鉄の雨にうたれ父は死んでいった
  夏の陽ざしの中で

4 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ
  そして私の生まれた日にいくさの終りがきた
  夏の陽ざしの中で

5 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ
  風の音にとぎれて消える母の子守の唄
  夏の陽ざしの中で

6 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ
  知らないはずの父の手にだかれた夢を見た
  夏の陽ざしの中で

7 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ 
  父の声をさがしながらたどる畑の道
  夏の陽ざしの中で

8 ざわわ ざわわ ざわわ
  広いさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ 
  お父さんて呼んでみたいお父さんどこにいるの
  このまま緑の波におぼれてしまいそう
  夏の陽ざしの中で

9 ざわわ ざわわ ざわわ
  けれどさとうきび畑は
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  風が通りぬけるだけ 
  今日もみわたすかぎりに緑の波がうねる
  夏の陽ざしの中で

10 ざわわ ざわわ ざわわ
  忘れられない悲しみが
  ざわわ ざわわ ざわわ 
  波のように押し寄せる
  風よ悲しみの歌を海に返してほしい
  夏の陽ざしの中で

11 ざわわ ざわわ ざわわ
   風に涙はかわいても
   ざわわ ざわわ ざわわ
   この悲しみは消えない
 
o 050.jpg
             【 石垣島 さとうきび畑にて 】

沖縄の海

| コメント(0)

海は良いですよね。私は夏の海も冬の海も大好きです。
心が落ち着きます。生物は遥か遠い昔海から誕生して
大陸に姿を現しました。そして人間の体も大半は水で
できていて、生まれてくる赤ちゃんも母親の体水の中で
成長していきます。山は大黒柱というように大木に包まれた
父親を表し、母なる大地はこの海だと思うのでございます。

石垣島は蒸し暑かったです。6月の20時の景色です。
夜が長い海を背に少しほろ酔い気分の私でございます。

経営者の健全な判断は健康な心身から生まれてきます。
仕事を忘れてバカンス気分でここに私は来ておりません。
仕事も旅も私自身の感性を磨く手段と心に言い聞かせて
おります。私の人生の目的は日々大人に変化していく
魂の向上でございます。

旅とはバカンスのような余裕がある状況ではなく、むしろ
心身が疲れ、悲しく、苦しい時に訪れるものではないでしょうか?


z 059.jpg

そう思うと今の私は余裕があるわけでもなく、かといって
悲しく苦しい人生でもございません。中道でございます。
そんな今の自分にそしてこの地に来れたことに感謝しています。
来年はこの写真の笑顔よりもっと素敵な笑顔になるよう
努力をしていきたいと酒に酔った勢いで自分に酔わせて
頂きました。

a 094.jpg

私は昔。北の大地北海道 最北端稚内 宗谷岬を旅しました。
そして今回 石垣島最北端 平久保崎灯台に来ることができました。
絶景でございました。雨にあわないだけでもありがたい
そんな1日でございました。ただ表裏一体。北の最北端と
石垣島の最北端を体験できたことはこの上なき幸せでございます。


a 114.jpg

カビラ湾。今テレビ・ラジオで活躍中のカビラ兄弟はここが出身地で
あるのではないでしょうか。
観光船に乗って海の底さんご礁と熱帯魚を見学しました。きれいでした。

お金はかなりかかると思いますがお店などの建築デザインとして
床が水族館のような造りにしてライトアップしたら、たまらなく素敵
ですよね。
そんな思索と構想をひとりおもい黄昏ている私の後ろ姿でございました。

※ナイガイセルフのホームページは こちらをクリック して下さい。

首里城にて

| コメント(0)

首里城 www.shurijo.com
首里城は、琉球王国の幾多の興亡を伝える歴史の証人。琉球の島々を治め、中国、日本、朝鮮、東南アジアの国々と外交、貿易を展開した首里王府の司令塔として、王とその家族等が住み、華麗な王朝文化に彩られた空間でした。今、琉球の建築文化・美術工芸、そして価値観を訴える『琉球の顔』が蘇りました。
太平洋戦争における日米最後の決戦として戦われた沖縄戦(1945年[昭和20年])によって首里城はアメリカ軍の猛烈な砲撃を受け炎上し、地上からその姿をほぼ完全に消してしまいました。
沖縄戦による焼失から数えると47年ぶりに首里城は蘇りました。
琉球王国とは、 約450年にわたる琉球王国の歴史は、「薩摩の侵略」と「廃藩置県(琉球処分)」という2段階を経て、幕が閉じられました。

c 174.jpg

私は暑中お見舞いのはがきに上の写真をのせて知人様、友人達に送らせていただきました。
あるお方から返事のメールを頂いたときに

「薄井さん。私も首里城に行きました。なんか悲しく切なくなる場所だと感じています。」と・・・
なかなか鋭い感性だと思いました。というのも私は、ひめゆりの塔を見た後にここに来ましたのでそう感じていたのです。
琉球王国全盛のころは南国ののどかな楽園だったと思われます。それが時の権力に憤慨されたのです。昭和の歴史の中で沖縄人はさま様なことを異国の者たちにさせられてここまできました。弱いからではないのです。優しいからこそ迫害され、また迫害に耐えてここまで来たのです。沖縄の文化に触れ、私も果てしなく優しい人間になりたいと首里城にて誓ったのでございます。

i 176.jpg

ひめゆりの塔

| コメント(0)

ひめゆり学徒は沖縄師範学校女子部と第一高等女学校の生徒で構成されていた。 1945年5月25日に撤退命令が出た南風原陸軍病院からなんかしてきたひめゆり学徒は本部、太田、第一、第二、第三の各外科壕に配属された。6月18日ひめゆり学徒の解散命令がでた。翌19日、脱出のため、現在ひめゆりの塔がある第三外科壕に集合したが、ガス弾をぶちこまれ多数の死者を出した。 解散以前は軍とともに行動していたが、解散後は避難民の同じように砲撃の中を逃げ回る事になった。ひめゆり学徒の死者は解散後に多く出ている。

ここに部隊が移動した6月には医薬品や食糧も底をついていた。「ひめゆりの塔」は、この壕の上に建てられている(左上)。壕(右上)の中は傾斜がきつく、この中で泥や雨、砲弾にさらされながら生活していたとは、現在の私たちの想像を絶するものがある。

 生き残った者も、さらに荒崎海岸に追い込まれ自決したりした。「ひめゆり部隊」の犠牲者194人のうち、「解散」後の死者が128人であることが示す通り、軍の無責任さが多くの犠牲者を生んだといえる。


S 028.jpg

悲しく切なくやるせない気持ちにさせる場所です。
私の顔もどことなく暗い顔になっているのは何故でしょう。

z 055.jpg

ここでまた話が長くなりますが私の思いを述べさせていただきますのでよろしくお願い申し上げます。
冒頭にも書きましたが軍の無責任さが多くの犠牲者を生んだといえるとあります。戦後生まれの私は戦争を知りませんので無責任な事は言えませんが、軍人は、特にいつの時代もお山の大将たるリーダたちは好き勝手なことをしてきたのではないでしょうか。
 
美輪明宏様の著書の中の文を引用させていただきます。

---ある少女の悲劇---

 やがて学徒動員が始まり、戦場に行った学生さんもたくさんおりましたが、私たちも竹槍を作らせられたりしました。その時に一人の学生が、監督の男に「おい貴様、前へ出ろ」と言われ前へ出ましたら、「この戦時下においてそんな軟弱な格好をしているとはなにごとだ、けしからんっ 貴様脱げ」と言われ、何事か分からないけれどもセーラー服を脱いだら下から肌着が出てきました。その肌着は、彼女のお母さんが寒かろうと思って編んでくれた毛糸のものでした。戦時中ですから残り毛糸。いろいろな色の残り毛糸で編んだ肌着が、襟のところからちらっと見えたんです。それが赤やピンクや黄色だったものですから、軟弱と叱責され、それも脱げと命じられた。
 今でこそ下着が発達していますが、その当事はキャラコのシュミーズを着ていればいいほうでした。ブラジャーは乳バンドとよばれていましたが、そういう贅沢なものを持っている人はいません。彼女はほとんど素っ裸のままうずくまっていました。男は「ハサミを持って来い」と言って、その毛糸の肌着をじゃきじゃきに切って防火用水に叩き込み、それから地獄が始まりました。その女学生の髪をもって引きずり回す、軍靴ですから顔は腫れ上がり、耳から目から口から血が流れ出て、みるみる腫れ上がり、「許してください、許してください」と。

 彼女が何をしたというんですか。ただお母さんが編んでくれたカラフルな毛糸の肌着が、セーラー服の下からちらっと見えただけなんです。嬉しげに目をキラつかせていた男は、たぶんサディストでもあったのでしょう。性情的にもサディストの嗜虐性を持った人間に権力を持たせてしまった。それを愛の鞭と呼ぶのは詭弁であって、自分の性的嗜好、嗜虐的なものを満足させるために利用してやっている人がものすごく多いということを、私は数多くこの目で見てきたんです。生家の裏が遊廓でしたから。
その女学生が「許してください、許してください」と言っても、だれも止められない。殴られて虫の息になって倒れこんで、ようやく「連れて行け」という声がかかりました。

 結局、一週間後に亡くなりましたけど、殴り殺されたのです。殴り殺された理由がちょっとしたカラフルなものを着ていたというだけなのです。それも服の上からでなくて下にです。戦時中にはそういう理不尽なことは枚挙に暇がないくらいありました。

この文を読んだだけで、なんじゃい、敗戦で米国様に悲劇的状況を訴えてきた祖国日本も酷い事をしてきたではないかと憤りを感じています。 

名誉・地位・権力がこの世にある限り事実を摩り替えることはいとも簡単でございます。だからこそ自分らしさ、生き方をしていくべきだと思うのでございます。

もう少しお話をさせていただきます。すいません。想いの勢いが止まりません。

z 057.jpg

敵軍に追われ自決した女子もきっと、敵軍の性的虐待にあって生き恥をさらすくらいなら、愛おしい大切な我が命を祖国日本そして天皇の為に捧げたのではないでしょうか。生きたくても死んでいく者もいれば、生き恥をさらして体を金に換えていくティーンエイジャー戦後の現代がここにあるのでございます。
夢を抱いて生まれてきたひめゆりの乙女達の若い力は無残にも権力という無脳な大人達の力で朽ち果ててしまいました。そしてまわりまわって現代愛情のない大人たちは愛の意味をしらない股を簡単にひらかせる乙女に赤子を生ませて、カップラーメンで弱った精子を製造している男子に明日の日本を背負わせようとしています。この世に生まれてきたのはお国のためでも誰それのためでもございません。自分のためなのです。自分が幸せでなく人を幸せにすることなどできないのでございます。そして逆も真であり、人の幸せが自分の幸せに繋がるのです。あーーーーーまた生意気を延々と述べさせていただきました。今夜もこれでぐっすり眠れそうでございます。ご拝読誠にありがとうございました。

シーサー

| コメント(0)

沖縄の獅子。家の守り神として左右一対として各自宅の門に
祀られております。玄関は家の顔でございます。そしてシーサーは
守っていただきたいと切に願う施主様の色がそれぞれの
個性あるシーサーで表現されております。
今日はそんなシーサーを紹介します。

c 018.jpg
c 019.jpg

すべての家にこのシーサーが祀られている訳ではございません。
その中でこのように存在している施主様は家を大切に考えていると
第一印象で考えざる終えません。

c 020.jpg

私はそういった意味で家相や風水に興味があり勉強しております。
関係ない人にとってはまったくもって関係ございません。
ただ気になる方はなんなりとご相談いただければと思います。

※私は家相・風水の専門家ではございませんので、人を絶望に
 陥れるようなアドバイスはできません。

c 034.jpg

シーサーを手作りで販売しているお店に立ち寄りました。
気に入った作品との写真です。値段が少し効果でしたので
欲しかったですが我慢して、また来ますと調子よく店を後にしました。

c 039.jpg

住宅リホームという枠に囚われずにイメージデザインをお客様に
提供していきたいと弊社は考えています。
この外壁も他にはない独自のイメージを表現されていて
素敵な作品でございます。ワンポイントその家のデザイン
を加えると希少価値が育まれていきますよね。

c 069.jpg

シェケナベイビー ご拝読ありがとうございました。

静景の中の私

| コメント(0)

石垣島を車で移動中 観光地ガイドには載っていない素敵な場所を
発見しました。車を止めカメラのシャッターを押しました。
曇りというよりは少し陽ざしが顔をのぞかせる空と青々と茂った山と木々。
深く透き通った緑の川。そして肌色に敷き詰められた、ゴミも落ちて
いない砂達が導いてくれたかのように静寂な、
のどかさで私たちを迎えてくれました。

s 103.jpg

私は若い時、エジプトに行き、ルクソールという地で、朝焼けの
ホテルの窓からこれと同じ静景を目の辺りにしました。
感動ものでした。今まさに同じ体験を味あわせていただきました。
ディズニーランドに行かれた方は想像していただきたいのですが
人工的に造られたセットに近い景色に似ていると言えば
感じていただけると思います。意味がわからない方は
笑って許して下さいませ。


s 104.jpg

私は賑やかな場所も好きですがそれ以上に静の場所がとても
好きなのでございます。心が落ち着き、自分が診得てきます。
忙しさにかまけてこの静なるこのような時間さえも疎かに
するようなライフスタイルにはしたくないといつも意識している
私がそこにいたのでございます。
早い話が私はロマンチストなのでございます。
ご拝聴ありがとうございました。

沖縄の食

| コメント(1)

今日は沖縄料理そして食のお話をさせていただきます。
とにかく料理は美味しゅうございました。自然の恵みとお水のせい
かもしれません。
今回写真を撮りませんでしたが名産として「 海ぶどう 」という
海藻を始めて食べました。これは珍味でございます。
形がぶどうに似ていまして口の中で感触を楽しむことが出来ます。

経験はとても大切であり、そこにしかない食を体験できることは
お金をかけて自分の家で食べることでは味得ない美味があるのです。
そういった意味で私が経験させていただいた沖縄の味を紹介します。

t 011.jpg

今回とある会社の社長様の社員旅行に同行させていただき
沖縄から石垣島に無事到着し、みんなで地ビールで乾杯です。
食事はこうしてみんなで語り合いながらするのが、最高の美味でございます。
暑い石垣島を冷たい石垣島地ビールで喉を潤しました。

o 038.jpg

この島国に来て、まずこの沖縄名産ゴーヤが所狭しと目に付きました。
ゴーヤジュース・ゴーヤせんべい・スナック・カップラーメン・・・
嫌というほど食べ物の中に入っています。
そして、これが苦みばしった、男は黙ってサッポロ・・・
いやいや沖縄ゴーヤビールでございます。

t 012.jpg

さとうきびで造られた焼酎 「八重泉」
どんなに飲んでも二日酔いしないのは、消化の良い食事と
この焼酎が私にあっているのでしょう。

t 016.jpg

               石垣島 「八重山ラーメン」 


t 117.jpg

          「ソーキそば」 ちょっと臭みがあると私は思いました。

t 076.jpg

「タコライス」 メキシコ料理のタコスとライスを混ぜ合わせた料理。ピリっと辛く
美味しいです。最初海のたこライスと間違えてしまいました。

t 119.jpg

お土産でたくさん買い占めた 「石垣の塩 ちんすこう」
これを受け取ってくれた人の中に石垣の塩と書いてあるので
漬物と勘違いされましたが、ビスケットのようなもので
甘くてとても好評て゜ございました。

生きている間に高級な贅沢な食事というよりもむしろ素朴な
そこにしかない地方の名物料理を食べれる人生でありたいと
思います。そしてそうなるためには健康でなければと
改めて思い巡らし食べ終わった時には手を合わせていました。

鼓動

| コメント(0)

夏といえば祭り。祭りといえば太鼓。日本人のDNAには
この祭り太鼓の鼓動を聞くと自然に心が高ぶるように
なっていると思います。
沖縄琉球村での古来民謡と太鼓演奏を聞かせていただきました。

d 156.jpg

「セイヤー」 「そりゃ」 「ハイ」 掛け声をあわせ若い躍動感が
沖縄の暑さと迸る汗が交じり合い観客の視線を釘付けます。
若い力で叩きつけられる太鼓の鼓動は母親の胎内で聞いた
懐かしい鼓動となり、子宮から飛び出した新しい生命の鼓動が
爆発したかのように私の体全体に電撃が走りました。

d 162.jpg

歓喜と一生懸命さが青年、女子奏者に笑顔をかもしだして観客に
挑戦を挑みもす。これでもかこれでもかと腕、足そして体全体を
使って激しい太鼓を叩きつけます。
プロではありませんのでステージ構成・演出は落ちますが、それ以上に
私なら1分もしたらバテて倒れてしまうくらいの激しい
演奏をつづけていたのです。なんともいえない奏者の顔が
そこにあったのでございます。
苦しいだろう。疲れているだろう。それでも打ち続ける真剣さと
食いしばる口元で笑顔を絶やさないその顔は凛々しさを感じます。
若さの特権は下手でもぶつかっていく可能性の挑戦だと思います。

下の写真は演奏が終了した最後のシーンです。
場内から割れんばかりの拍手喝采です。
太鼓のステージはやはり真夜中の月に照らされて
炎の光をライトにして観たいものでございます。

d 160.jpg


※ナイガイセルフのホームページは こちらをクリック して下さい。

島国の雲の上から

| コメント(0)

梅雨の雨がつづく今日この頃いかがお過ごしでしょうか?
沖縄特集としましてブログを進めさせていただきます。
6/13日(火)午後12時成田から沖縄へ旅たちました。
この時の沖縄諸島は集中豪雨に見まわれ、マンション崩壊
という災難にあい大変な状況でございました。

w 002.jpg

半分今回のツアーは雨ではじまり雨で終わると諦めて
おりましたがなんと晴天とはいえませんが雨にはあわずに
旅を続けることが出来たのでございます。

w 004.jpg

沖縄那覇空港から石垣島へ行く時も前日から激しい雨に襲われ
午前中まで飛行機が動けない状況でありまして、欠航となるまでの
悪天候でございましたが、無事出航でき石垣島は雨ではなかったので
ございます。

w 005.jpg

幼い時、TVアニメ アルプスの少女ハイジの主題歌の場面で
空中ブランコで綿菓子のような雲に乗っかるハイジを見て雲に
乗れるんだと真剣に思っておりました。
そんな厚い雲に覆われた景色を飛行機の窓からみつめておりまして
人生もこの飛行機のようなものかなとふと思いました。
下界が大雨だろうと嵐だろうと上昇気流に乗るまで離陸してから
すごいスピードでかけ昇ることにより安定した飛行ができることを・・・

私の人生の飛行はそう置き換えるとまだまだ発展途上でございます。
離陸どころか滑走路を走っている状況かもしれません。
しかし飛べないわけではございません。
飛ぶ準備段階なのでございます。言い訳がましくなる前に
この辺で終わらせていただきます。ご拝聴ありがとうございました。

w 008.jpg
         【石垣島着陸寸前の大地と海の景色】

THE 沖縄 とくしゅーーう

| コメント(0)

皆様 寒い日が続きますが風邪などこじらせていませんか?
朝は道路が凍って滑りやすくなっております・・・・・

あれ? くだらない空想話をしても涼しくなりませんか?
えっ? 暑い中、心だけか寒くなりました?
誠に申し訳ございません。それでは気持ちを入れ替えて

夏といえば太陽。太陽といえば南。南といえば島国。
島国といえば・・・そうです沖縄でございます。

6/13日~6/16日まで私沖縄へ行かせて頂きました。


r190.jpg

沖縄は初めて行く日本の地でございまして、御ひいきいただいて
おります社長様からこの旅をプレゼントしていただきまして
見聞と異文化に触れ人生の素晴らしい1ページとさせていただきました。
これからお子様達も夏休みに入りまして、夏の旅の情報提供として
お役に立てれば幸いでございます。

それではこれから沖縄特集としてブログを展開していきたいと思いますので
お楽しみ下さいませ。

f191.jpg

工務店・一戸建て・防犯住宅ならマネジメントホーム

一戸建て・工務店をお探しなら、マネジメントホームで防犯住宅の家づくり。一戸建て・注文住宅は家族が安心に暮らせる住宅を建てませんか?

MTBlog42c2BetaInner

2010年3月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

ナイガイセルフ社長


ナイガイセルフ
代表取締役 薄井宣正
住宅リフォームや内外壁塗装など、自然塗料の施工リフォームを提供している会社社長
by Nobumasa-Usui


ナイガイセルフホームページへ!"
ナイガイセルフホームページへGo!
人気ブログランキングへ
人気blogランキングへ
投票お願いします!
にほんブログ村 住まいブログへ


にほんブログ村 ビジネスブログへ

のサイトを登録! by BlogPeople

カテゴリ

MovableType(MT)テンプレート 無料(フリー)
Powered by Movable Type 4.261