2007年1月アーカイブ

№298 Bye Bye ガンジス

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今月はインド特集を繰り広げてまいりました。1月最後の今日は、

長渕 剛様のアルバム「キャプテン・オブ・ザ・シップ」の中から
「ガンジス」という曲の詩を紹介させていただきます。

私は正月休み、インドに行ってまいりました。
見聞を広めるために最高の旅が出来たと思います。

13年前、私よりも若干若い36・7歳の時、長淵様もここインドに
訪れガンジス河を目のあたりにして、この「ガンジス」という
曲を書かれたと思います。

若いときこの曲を聴いて良い曲だなと思いました。
空想の世界とテレビ・雑誌などしか知らないガンジスを
私も目のあたりにしたのでございます。

「聖なる河と なぜ 人は言うのだろう? 」という問いかけを
胸に東のかなたからご来光を眺めながら、この「ガンジス」
の詩の意味をかみ締めました。

私の個人的な趣味で恐縮ですが、興味のある方はぜひ
聞いてみていただきたいと思います。

今回はその歌詞に私のインド旅写真をおりこみながら
ご覧ください。


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ガンジス    作詞 長渕 剛


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4本の火柱がめらめらと燃えさかり煙が立ち昇る

俺は今 揺れる小舟の上ガンジス河を下ってる

細い路地裏には死を待つ老人の群れ

座ったまんまで動かない

やせこけた右手を道行く人に出し小銭を手のひらに掴む

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俺は船を降り 3時間近く焼け崩れる真っ黒い人間を見た

「神様はどこにいるのか」と尋ねたら

老婆は自分の胸を指した 笑いながら自分の胸を指した

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  Bye Bye ガンジス 大いなる河よ

  Bye Bye ガンジス 何も教えてくれない

  鮮やかな色に包まれた女たちは

  今日も明日も この河で乳房を洗う

  今日も明日も この河で乳房を洗う


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やがて跡形もなく白い灰になり黄土色のガンジスに

流された わかっちゃいたけど 人間って奴が

確かに目の前で灰になった

裸足で櫓をこぐ老人が憂い顔で俺に笑いかけた

深いしわを顔中に刻んで

「死んだら灰になるだけさ」と笑った

旅をするのは帰る家があるからだ

さすらいの旅ほど淋しいものはない

ふと虚しさに突き落とされそうになったけど

「死んだら灰になるだけさ」と笑ってみた

「死んだら灰になるだけさ」と笑ってみた


  Bye Bye ガンジス もっと生きようと

  Bye Bye ガンジス 俺の命が叫ぶ

  さよなら 名も知らない死人たちよ

  あなたのように強く死ぬまで生きようと

  あなたのように強く死ぬまで生きようと

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ベナレスの川岸に並ぶヒンズー寺院

ひと群れの牛を引く少年 大きな瞳で手をあげたとき

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なぜに俺は目をそらしたんだろう


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俺はふたたび小舟に乗り ポッケトのハモニカを吹いた

悠々と時にまかせて音を飛ばしたら

生まれてきて ほんとによかったと思った

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ガンジスは 何故よどんでいるのか

なぜ 「聖なる河」と人は呼ぶんだろう

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考えながら仰向けにひっくり返ったら

やけに空は高く青かった やけに空は高く青かった


  Bye Bye ガンジス お前は黙ったまんま

  Bye Bye ガンジス 答えなど初めからない

  あるのは今 確かに「俺」ここにいる

  

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  そして明日東京へ帰る そして明日東京へ帰る

№297 インドの門出~最終章~

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今月はインド特集であり、最後のエントリーと相成りました。
まだインドの旅については面白いエピソードがたくさんあります。
しかしそれを書くと後1ヶ月はかかると思います。
きりがありません。インドの門出と題しましてこの辺で幕を
閉じたいと思います。

インドは憧れの国でございました。そして憧れで終わらせる
ことなく現実に足を踏み入れたのです。憧れは無残に崩れ
落ち、真実のインドを知ることが出来たのです。

良いも悪いも自分の目で確かめることが出来ました。そして
改めて日本の国がどれほど素晴らしいかも気づかせてくれた
のです。


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    【デリーのインド正門】


偉大なるインドの父ガンジーは、インドを独立国にさせました。
インドは個の人間の集まりであり、平和主義の民族でございます。
いつの世も正直者は馬鹿にされ、舐めた仕打ちをことごとくされてきました。

イギリス領土だったインドは戦争に参加したら独立させてやるという
イギリスの言葉を信じ、無残にも裏切られてしまいます。

いじめと優しい正直者が日の目を見ないのはこの先も変わらないと
思います。

ゼロを発明したインド教育は現代目覚しく発展していますが、それは
位の高いいわゆる上流階級の子供たちだけなのです。

ガンジーは偉大でございます。しかしそのガンジーでさえ、祖国の
カースト制度という身分の差別だけはなくすことが出来なかったのです。

インド人はその身分を受け止めています。分を知っているのです。
貧富の差はピンからきりでありまして、金持ちはとてつもなく金持ちであり
乞食は果てしなく乞食なのです。

日本もすでになりつつありますがジリジリト貧富の差がインド並みに
なると私は思います。

そして弱いものいじめという時代から弱いものがまともな人間を
いじめにかかる時代がすぐ目の前に訪れると思います。

話すと長くなりますのでこの辺にしておきます。

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   【 ガンジー記念公園にて 】


そのような時代が来ようが、私は少しずつ平和を望む共感する
人間と出会っています。

今回異国の国でどこでどう変化していくかわからない頼もしい
仲間と出会えたことは、この旅の大きな収穫でございました。

弁護士を志しているインドの友ニラジも将来どうなるか分かりません。
もしかしたら偉大な政治家になっているかも知れません。

そんなニラジが私に良いことを語ってくれました。

「 ボス ホントウニコマッタトキ ダレニ ソウダンシマスカ?
  コレデス カガミデス カガミニウツッタ ジブンニ ハナシカケルノデス
 ケッキョク タスケテクレルノハ ジブンダケデスヨ 」

このとき飲んだビールの味はこれからも忘れないと思います。

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   【 インドの友 ニラジ 】


明日は月末です。インド番外編として私の写真を入れた、素敵な曲の
歌詞にあわせた作品を紹介させていただます。

「原点に帰る」を今年のテーマに1月はインドの門出から
「日本に帰る」をテーマにして閉めさせていただきました。

ご拝読誠にありがとうございました。

No.296 インドの名はガンガー

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今月はインド特集です。そろそろ終盤に押し詰まってきました。

ガンジス・・・いい名前です。インドの父ガンジーの名もここから
きているのでしょうか?

しかしインドではガンジスと言いません。

「ガンガー」と呼んでいるのです。

シバ神がベナレスに住まわれ、ガンジス河を創りたもうたので
ございます。

インドはバランマ・ビスヌー・シバーの3大神を崇拝し
聖なる河ガンガーにて罪を洗い流す風習が遠い遠い遥か
昔から受け継がれているのでございます。

小舟に乗り、ガンガーに入ることを試みることは計画していました。

しかし、朝のガンガーは、日本の気温と対して変わらず、
12月末の寒さは身にしみていました。

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いざ、そのときがくると躊躇している臆病な私がいたのでございます。

「やっぱ、よそう。今日は寒いし、風邪引いちゃうよ」とひ弱な私に

「ナニヲイッテイルノヨ ボス ハイルトキメタデショ ハイルマデ
 カエサナイヨ」と激を飛ばす旅の相方ニラジ。

インドの友ニラジは、最初 「アナタ」と私に言い、次に「ウスイサン」
そして最後は「ボス」と言う仲になっていました。

「だけどニラジ見てよ、あすこに、もろインドかぶれの日本人が唇震わせて
 入ってるじゃない。俺やっぱやだよーーー」と、だだをこねる私。

「ノー」と冷たいニラジの言葉と冷たいガンジスの河。


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しばらく考えているふがいない顔してるのが上の写真です。

着替えは持ってきた。パンツも気合いを入れて真っ赤なパンツを
準備してきた。

でもでもでも・・・・・帰り寒いだろうな・・・・・ともう優柔不断な私。

その時真正面に真っ赤に私を見下ろす大きな朝日の美しさが
どてっぱらに突き刺さったのでございます。

凍えるような寒さと、いてつく水の冷たさは来年も否応なしに
経験できますが、こうしてガンガーに来ることは二度とないかも
知れないのです。

「ニラジ。 入るぞ」と腹を決めた私。

「OKーーーー。 ボス」と低いトーンで言葉を返したインドの友ニラジ。

ゆっくり足元を確かめるように河に入っていきました。

これまじめな話。入ってみるとそれほど冷たくなかったのです。

「ボス ダメダメ アタマ ゼンブモグラナイト ツミハナクナラナイヨ」
と、茶化すガンジスを知り尽くすニラジ。

潜ったーーーーー。

不思議だねーーー。今度は外に出たくなくなってくる。

ガンジスと一体になった私は自然に手を合わせていたのでございます。

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裸体の私の写真は出来れば載せたくありませんでしたが、
いたし方ありません。証拠写真でございます。

花束の上にロウソクの火を灯し河に流せば願いが叶うと言う
言い伝えがあり、ニラジが渡してくれました。

私は先ず娘の幸せを願いました。そして次に弊社の企業理念で
あります。お客様に必要とされる会社を目指し社員とともに物心
両面の幸せを願いました。そして次に私の健康を願ったのでございます。


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河から出た後は、逆に体がポカポカしてきて、気持ちよかったのです。

不安という心配事とは骨折り損のくたびれもうけなのかもしれません。

「ボス ハダツヤヨクナッタヨ イイカオシテルヨ」とお世辞がうまくなった
ニラジと固い握手を交わしたのでした。

〜お し ま い〜


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No.295 インドの真実 (聖なる河ガンジス)

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今月はインド特集でございます。

私は見聞を広めるため正月休みをインドで過ごしました。

生きている間にどうしてもこのインドの地を踏みしめたい
と思っていました。

遥か遠い昔、大和大国日本は中国から文化を継承し、その
中国はこのインドから文化を継承したのでございます。

東洋から文化を継承した日本は西洋の国アメリカから経済大国の
ノウハウを伝授したのです。

時代は西洋から東洋へ恩恵を受け継ぐ時代に来ているのかも
知れません。

中国の脅威的経済発展。そして今まさにインドがその犠牲?に
なろうとしています。

聖なる河ガンジスは遥か遠い過去から今という現在を見守りながら
まだ来ない明日という未来も変わることなく見守り続けることでしょう。

歴史あるこの聖なる河を小舟で渡れたことはこれからの私の
大きな財産となったのです。

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隅田川にそんな思いは生まれません。神田川の水に触れたいとも
思いません。弊社の近くにある新河岸川にもまったく興味がありません。

どこが私にとって違うのか、歴史なのでございます。何千年も前から
人々に聖なる河と言われ続けてきたその証なのです。

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インド人は誰もがこのガンジスの聖なる河に死んだ自分の灰を流したいと
思っています。
しかし、11億という巨大な数のインド人でさえ、その願いが叶えぬまま
この聖なる河に来れない人が無数にいるのです。

それを異国の私が何のためらいもなく来れたのです。自慢ではありません。
このブログを読んでくださる方たちは自慢してるとは思ってくれないと
思いますが、自慢以上のことを訴えたいと思っています。

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それは何か? つまり価値観なのです。意識をどこに向けていくか
意識が向かないところに価値観さえ生まれないのです。

意識のない人にどんなにこれは素晴らしいと話したところで
ちんぷんかんぷんで終わってしまう。

遥か遠い昔の人は同じ価値観の人たちがたくさんいたので
素直に受け入れられた。しかし現代は価値観はひとそれぞれ
良いも悪いも関係ない。善悪を語ったところで何も始らないのです。

それを無理に分からせようとするところにお互いの歪が生まれると
私は思います。

また言いたいことを言ったら、こんなこと言った。こんなことされたと
もうそこでその相手をシャットダウンする人もいます。


これがエキサイトすると「いじめ」につながるのではないでしょうか?

いじめを苦に自殺した児童は、不運にも共感できる人間がいなかった
だけなのです。弱い人間だからいじめられる方も悪いなどと、私なら
言わせない。
大人は別として、子供は弱いのです。腐ったみかんがいじめられる
人間などと終わらせたくない。腐っているのはいじめる人間なのです。

腐った食べ物は蘇生はしません。そこにくっついてる食べ物こそが自然の
摂理で腐っていきます。だから飛び出せばいいのです。栄養のある
場所に行けば食物はおいしい味を出すと思います。

なのに日本教育は和を重んじるがあまり、無理に押し込め我慢させようと
します。
人間だけは食物と違うなどとのんきなことを私は思っていません。

今年から相次ぐ異常な事件がその証でございます。

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人は一人では生きていけません。しかし心を開けない人間同士が
無理して付き合えばこれも生きていけないと私は思います。

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ガンジスに身をゆだねる人たちは、自分を知り、自分を知ろうと
この河に祈りを捧げるのです。

※私の母親からFaxが届き、午後21時からNHKでインド人の教育特集
 番組があると教えてくれました。私も見たいと思います。
 皆様も今宵いかがでしょうか?

前略おふくろ様 教えていただき かたじけない。


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No.294 インドのご来光 (東から西へ)

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今月はインド特集です。

私がインドに来た目的は、

�@釈尊が悟りを開いたサルナートを訪れる

�A聖なる河 ガンジスを小舟でわたる

�Bインドの人たちの文化に触れる    

その中のひとつベナレスにありますガンジスに訪れた。

インドのご来光を観るために朝6時過ぎ、まだ薄暗い中、
到着しました。
朝早くから人、人、人で賑わうベナレスの町並み。
道中、ニラジ(旅の相方インド人)の知り合いの売店でジャイ茶を
もらい体を温めました。

そして、ここガンジスに来たのでございます。感動でした。
少し肌寒い空気が和をかけて身を引き締める。


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広い階段式の坂を下り河のほとりに向かうと、列をなして
老若男女のインド人が小銭を求めてうつろな瞳で私に物乞いの
合図を送る。私は思わず目をそらした。

後ろから土産売りの兄ちゃんが価値のない物をディスカウント
してでも、しつこく売りたがる。あまりのしつこさに私は手で
いらないとジェスチャーを送りつけた。

それでもしつこく纏わりついてくるので、大きな声で

「 ノー 」と叫んだ。その瞬間足元で

グチュ。 ナンだ?・・・・・・・

牛の ウ ン コ だーーーーーーー。やってしまった。

しつこい兄ちゃんに気を取られて、足元に意識が回らなかった。

くーーーーー不覚。しかしものは考えよう

運がついたと思って気を取り直したら、しつこい兄ちゃんも
去っていった。

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小舟に乗るガートにたどり着いた。小舟をこぐ彼と地元のガイドと
ニラジ、そして私の4人で河を下ったのでございます。

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そして、新しい朝のご来光です。写真ではこんなに小さいのかと
びっくりするくらい、でかい太陽が東のかなたから頭をのぞかせたのです。

異国の朝日。それも念願だったガンジスの聖なる河から
ご来光が観れたなんて、本当に感謝でございます。

私はまじめな話、この先病気で死の宣告をされたとして、また、
崖っぷちからピストルで撃たれようとしても、

死んでも後悔はしないと思います。嘘ではありません。

40まで生きられた。
うまいものもそれなりに食べた。
苦しいつらい思いもせずにここまでこれた。
この世に娘というかけがえのない命を後世に残せた。
この世に生んでくれた私の父母を愛おしいと感じる
ことが出来た。
社員も私がいなくなってもやっていける技術と知恵を
社員が自らの手で作れるようになった。

そのほかに思い残すことはありません。格好つけてもいません。

そこまで言い切れるくらい、私にとってこのガンジスは
大きな存在だったのです。

しかし実際、そうなったらもっと生きたいと泣き伏せるでしょう。
その泣き伏せている私の心の中は今言ったことに嘘はないのです。


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だから、運よく来年も10年後も生きられたら、こうして
異国の地でご来光ができ、また同じことを考えて、能書きたらたらと
死ぬまで生きてやるとこの朝日に誓ったのでございます。

そして、来年のご来光するお国も心に決めたのでございました。

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鉄部塗装(錆び止めの意味)

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一般住宅の塗装では外壁のモルタル・サイディング・木部・鉄部等に
簡略的ですが、分類されます。

全ての素材に対して、基礎である下地処理の工程は必要不可欠
なものでございます。

鉄部塗装は、雨水によって錆びないうちに塗料によって腐食を
防ぎます。

しかし、現実問題、コスト的にもメンテナンスの気配りに対する
意識は一般の方には難しいと思います。

やはり痛んでから意識し始めるのではないでしょうか。

では、なってからどうすれば良いか、弊社の考えを述べさせて
いただきます。

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昔、人体で擦り傷などのケガをした際、赤チンを塗布したのを覚えて
いらっしゃいますか?
今はすっかり目にすることもなくなりましたが、
消毒が必要です。

それに近いイメージとして、鉄部の錆びた箇所には錆び止め塗装
が必要なのでございます。

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ケレンという錆びて浮いた塗膜などをきれいに落とした後、清掃していきます。

ペーパー等で下地と既存の塗膜に細かい傷をわざとつけていきます。

これは、傷つけたところと塗装した塗料が密着力が強くなるからです。

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また、タッチアップという錆た箇所だけ錆止め塗装をすることもありますが
通常は全体に塗装していきます。

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下塗は上塗りの仕上がりにも影響があり、きれいな仕上がりを
助ける役目もあるのです。

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専門知識も必要かも知れませんが、お客様に分かりやすく説明
するほうが、下塗の必要性を強く感じていただけると弊社は
考えています。

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 鉄部の錆止め塗料は【1】。亜鉛メッキ鉄部は【2】による。屋外用の種別を屋内に用いることは支障ない。豊亜鉛塗料を使用する場合は,特記したメーカー仕様による。
 表中に1種とあるものは乾性油を主体とするもので,乾燥は遅いが浸透性のよいもの,2種とあるものは合成樹脂系で,乾燥は早いが浸透性は弱いものなので,
 錆び落としが完全に行い難いと予想される場合は,1種を使用する。
 
【1】 鉄部錆止め塗料
適用 JIS 規格 規格名称 1回分塗布量 g/m2
屋内 JIS K 5621 一般用さび止めペイント 1種 110
屋外
屋内 JIS K 5622
JIS K 5623
JIS K 5624
JIS K 5625
JIS K 5629 鉛丹さび止めペイント
亜酸化鉛さび止めペイント
塩基性クロム酸鉛さび止めペイント
シアナミド鉛さび止めペイント
鉛酸カルシゥムさび止めペイント 1種190  2種140
1・2種 100
1・2種 100
1・2種 100
120

【2】 亜鉛メッキ鉄部用錆止め塗料
適用 JIS 規格 規格名称 1回分塗布量 g/m2
内外 JIS K 5629 鉛酸カルシウムさび止めペイント 120


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No.293 インドの愛の表現 (タージ・マハル)

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今月はインド特集です。

去年の12/31日アグラに到着した私はインドの愛の象徴
そして1983年に文化遺産に登録されたタージ・マハルに来ました。

晴天に恵まれ、大理石の白が私の瞳を釘付けにさせました。

インドを代表する建造物でございます。


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インドを代表するイスラム建築タージ・マハルはその美しさゆえ、人々を魅了して止まない。白大理石の巨大な建造物は壁面のアラベスク模様、華麗な浮き彫りや透かし彫りなど、細部まで完璧な芸術作品となっている。
  タージ・マハルはアグラ市のヤムナ川岸に建てられている。ムガル皇帝シャー・ジャハン(1592〜1666年)が妻ムムターズ・マハル(1595〜1631年)の死を悼んで22年の歳月をかけて作らせた墓である。「タージ」は妻の名「ムムターズ」が変化した名である。
1632年に着工し、1653年に完成した。毎日2万人が建設作業に参加した。ペルシャやアラブから選りすぐりの建築家や職人が集められ、破格の給与が支払われたという。

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1980年代前半から、タージ・マハルの命であるともいえる白大理石の劣化が目立つようになった。この遺跡を管理するインド考古調査局(ASI)によると、これは自然現象と人為的な環境変化による原因が考えられるという。
  この地方は一日の気温差が激しい。温度変化により、大理石は収縮・膨張を繰り返し、長年のうちに亀裂、剥落、ひび割れが発生する。また、雨による湿気がコケを付着させたり、石の隙間に付着した種子の発芽を促し、石を劣化させ、割ってしまう危険性がある。周辺の森林減少が気温差の拡大に拍車をかけているとも指摘されている。
  工業地帯からの大気汚染も石の劣化につながる。アグラの隣町マトゥラーの工業地帯から排出される窒素酸化物など有害物質が白大理石の劣化を進めていると指摘されている。インド政府は1995年に、これらの工場の一時閉鎖命令を出した。生活の糧を失いかねないという危機に立たされた工場労働者たちは激しく反発したが、いまだに操業が再開されていない工場もある。
  タージ・マハルを守るための効果的対策は考え出されていない。政府は文化遺産保護と経済発展・雇用促進の板挟みになっている。大気汚染は工場だけが引き起こしているのではなく、増え続ける自動車の排気ガスも問題であると指摘する専門家もいる。


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皇帝シャー・ジャハン(1592〜1666年)が妻ムムターズ・マハル
(1595〜1631年)の死を悼んで22年の歳月をかけて作らせた墓であるこの
場所もすごい観光の人々で賑わっていましたので、妻のマハルも
永遠の眠りにはつけないのではないだろうか?と、勝手に心配している
私がそこにいました。

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インドは離婚率は低くい国ですが、経済が豊かになるにつれ
大都会では離婚も増えているとのことです。

インドは宗教柄むやみやたらと女性に声をかけることも出来ません。

愛を告げる意思表示は、言葉ではなく目で語ると
旅の相方ニラジが自慢げに語ってくれました。

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私が目で語ろうとするとどうしても、い・や・ら・し・いーーー目つきに
なってしまうので、先輩の杉良太郎様の流し目をマスターしたいと
思うのでございます。


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No.292 インドの旅の立役者〜その2〜

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今月はインド特集でございます。

前回の続き、旅の立役者である運転手の
インド人を紹介します。名前はキーソーシング。26歳。

今回のインドの旅は、半分が移動の時間でございました。

下の写真の白色インド車が彼の愛車でございます。

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今の若い世代は分からないと思いますが、昔テレビで
コント55号というコメディー番組で欽ちゃんこと萩本欽一様と
コンビを組んでいた坂本二郎様がいました。

その「 とびます とびます 」の二郎ちゃんに似ているのです。

人懐こい笑顔で決してでしゃばってきません。

ニラジ (旅の相方インド人)と3人で、後部座席にいる私は
景色を眺めることと寝ることしかする術はございませんでした。

そんな時旅の道中、事故もなく。安全運転 ???????で、
目的地まで運んでくれたのでございます。

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まーーとにかくインドの運転は荒い粗い。日本人はたぶん
運転できないと思います。

高速ハイウェイを飛ばしていたら、いきなり対向車線を逆走です。

おいおいどうしたーーーと思ったら対向車側にある食事するための
レストランに行くためだったのです。

日本じゃ考えられません。

食事をしている時、彼は外で待っています。食事を終えた
私たちが車に向かうと彼の姿がありません。

ニラジがしびれを切らして彼の名をでかい声で呼び始めたら
どことともなく、小走りに走ってきて何気ない顔で
ニラジのそばに擦り寄った姿がなんともいじらしく可愛いので
ございます。

思わず笑ってしまい、彼と目があったら彼も舌をだして
笑っていました。

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インドの旅がひとつのドラマなら、それを演じてくれた脇役が
なんともいえない色で私のドラマ脚本に素晴らしい
色で染め上げてくれたのです。

最高のインドの仲間と車の中でウイスキーコークを飲みながら
月夜の光の下で語り合ったことは私の最高の思い出になりました。

そんな彼に

「インドに生まれて良かったかい?」と尋ねたら

「オフコース (もちろん)」と笑顔で言ったのでございました。


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No.291 インドの旅の立役者

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今月はインド特集でございます。

今日はインドの旅で私の足として働いてくれた
旅の立役者を紹介させていただきます。

今回のインドの旅で気づかせていただいたことは

平等と差別という比較。日本とインドの比較。

そしてイッツ・マネーを身にしみて考えさせられました。

全てお金ではない。そのとおりでございます。

しかし現実問題はお金が全てということも事実なのでございます。


昔から年よりを大切にすることを道徳の授業で習いました。

この下の写真をご覧下さい。まったく逆でございます。
小柄の老人が2倍以上も顔のでかい私を人力車で運んで
くれているのです。代わってあげるのが道徳心でしょうか?

違いますよね。老人は生きる糧としてこの仕事をしているのです。

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いくつと尋ねたら、63歳と言っていました。

イッツ・マネー。そのために息子くらいの若造を乗せて、ただ
地面の一点を見つめてペダルを回し続けるのでございます。

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金が全てではないそのお金を稼ぐために必死になって生きている
のが貧しいインドの人たちなのでございます。

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お金で幸せは買えない。その言葉を語れるのはやはりお金を持っている
人が口にすることに重みがあると思うのです。

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次の写真の少年も人力車でベナレスの夜の町を走って
もらいました。

愛嬌の良い。きれいな瞳の少年でした。まだ遊びたい年頃
だと思います。

何のために働いているのか私には分かりませんが
遊びのお金を稼ぐために働いてないことだけは、少年の
後姿を見て確かだと思います。

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そんな後姿の少年と吹き溜まりの人間を掻き分けるように
流れる景色を眺めながら、改めて自分の置かれている環境の
すばらしさを感じさせていただきました。

人力車を殿様のように乗っている私が主人公のように見えますが
この国では、立役者で生きているこの国のインドの人たちが
主人公なのでございます。

No.290 インドのペンキ屋さん

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今月はインド特集です。

今日はインドのペンキ屋さんを紹介いたします。

とあるホテルのカフェテラスでビールを飲みながら
ニラジ (旅の相方インド人)と人生を語っていました。
ほろ酔い気分になってしまったので、外の空気を
吸いたくなり庭先に足を踏み入れたら、若者が数人
刷毛を持って作業をしていました。


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海外の建築施工現場を拝見できるのも絶好のチャンスと思い
職人の和の中に入っていきました。

「 アイム ペインター 」と私が自己紹介したら

「 ユー アー ライア (嘘つき)」と言われてしまいました。


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インドの塗装業の社会的地位はかなり低いものがあります。
日本も塗装職人のイメージはあまりよくありません。

これから日本の職人の社会的地位もインドと同じことになる
確立は高いし、そうではなく技術者としてイメージアップ
していくのもこれからの日本建築職人の課題となるでしょう。

ぼろは着てても心は錦という時代はこれからはありえません。

常に格好いい態度振る舞い・マナーが必要になってくるのです。


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安全性の低い綱を握り締めながら、作業をしているのは
熟年の職人ではなく、バイトのような兄ちゃんが塗装しているのです。

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危険な作業をこうして笑顔で仕事をしているのです。
日本の若者はこの先こうした汚い仕事はしなくなり
建築職人の人手不足がそう遠くない将来やってきます。

インドの貧しい若者に今足りないものは教育だけですので
知識を身につけたら、優秀な労働者が現れると思います。

日本の青年よ、うかうかしていると居場所がなくなる
ざんすよ。明日はわが身ざんす。

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No.289 インドの土壁工事

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ジャイプール郊外にありますアンベール城を
像の背中に乗って登っていきました。


アンベール城(Amber Fort)は、インド・ジャイプル郊外、北東11kmにある城塞。元々あった砦を1592年、ムガール帝国アクバル軍の司令官であった、ラージプート族のRaja Man Singhによって大規模な築城が始めらた。現在、観光客は、象に乗って城のある丘に登ることができる。

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城の正門にさしかかったところで大規模な修復改修工事が
行われていました。
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ご覧ください、足場が竹の足場でございます。

中国もきっとインドから竹の足場が伝わってきたのでしょう。

私など怖くてこれで作業など出来ません。

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【 06/5/10日 エントリー 外壁工事in New York 参照 】
でニューヨークの足場工事の様子を紹介しましたが、
安全面でそれ以上にレペルが低い作業性でございます。

日本のレベルは素晴らしいものがあります。

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建築に携わる私にとって興味をひくところでしたので
ずかずかと現場の中に入って行き、今後の参考にと
現場見学をさせていただきました。

作業をしている職人さんたちも快く受け入れてくれまして
笑顔で撮影に協力していただきました。

しかし、ここで働く職人さんたちの職業的地位の低さは
かなり低いもので、日本の建築職人とは賃金から待遇
までかなりの落差がございます。

肉体労働者の地位の向上に何らかの形で私もお役に立てる
立場になりたいと切に思うしだいでございます。

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この場面は私にとって貴重な写真です。昔からの技法で
土壁塗りの施工の様子でございます。

働いている職人さんもいろいろ説明してくれました。

異国の現場で握手を交わし、世界平和でございます。

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木部塗装

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木部は常に水分の吸収と放出を繰り返しているので
塗膜は劣化しやすく、剥がれると塗っても跡が残って
しまう所もあります。

早めの塗り替えが必要です。目安は3年から6年くらいです。


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①塗膜が剥がれてきた破風板部分です

既存破風板 (4).jpg


②カワスキなどの金物工具で剥がれた部分をケレンしていきます。

既存破風板 (6).jpg


③目の粗いマジックペーパーで凹凸を出来るだけ平らにしていきます。

既存破風板 (8).jpg


④剥がれた塗膜をきれいに落としたら次は下塗(下白)を丁寧に
  塗っていきます。

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⑤破風板の白い部分が下塗りの様子です。

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⑥仕上げの塗装の光沢が太陽の光に反射して美しい家に変わりました。

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No.288 インド人

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今月はインド特集でございます。

今日はインドの人たちについて私なりの思いを紹介
いたします。

国土面積は日本の10倍、人口も約10倍の11億人。

今回私が訪れた場所は首都デリーからベナレス〜アグラ
〜ジャイプールという田舎町を行きました。

今インドはIT産業による巨大マーケティングの礎になろうと
しています。

ボンベイ・カルカッタの大都市に行けばかなりの発展した
インドを見ることができたと思います。

しかし今回は田舎の人たちの生活を目のあたりにして、
貧しい人たちの姿をまざまざと見せ付けられました。

とにかく人の多さにはたまげました。うじょうじょという表現が
適している人の流れは小川のせせらぎなどという品はなく
そこに豪雨が降り続いた激しいよどんだ勢いのある小川の
姿があるのでございます。

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その流れの中に馬はいる牛はいる犬はいるサルはいるヤギはいる
豚はいる猪はいるらくだはいる像はいるなにはいると、人間様の道路に
一緒になって流れているのです。

それに輪をかけて自転車・自動車・トラックのとてつもない荒い運転と
クラクション。おったまげでございます。

夜は女性の姿はありません。男の吹き溜まりが夜の月明かりと
裸電球が融合して、なんともいえない不意息に圧倒されます。


とにかく男社会なのでございます。男が余っているといえば
納得できるぐらい男ばーーっかでございます。

女性はお国柄、勝手に声もかけられません。
なんぱなどもってのほか。

表現が少し汚いかも知れませんが、地下の水道管からゴキブリの
大群が飛び出している様子に似ているのでございます。

無愛想にしている顔が多いのですが、ナマステイと声をかけると
笑顔でナマステイと声をかけてくれます。

日本は知っている相手に対しては愛想笑いをして挨拶をしますが
知らない他人から挨拶されても無視する人が多いのはなんなのでしょうか

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インド人は個の集まり、平和主義の民衆でございます。
人に文句言われても車がぶつかっても怒りだし仕返しなどはしません。

変な人間はどこの国にもいますが、優しい人間はもしかしたら
日本の比ではないくらいたくさんいると思います。


インドは「0」を発明しました。数字に対しては素晴らしい頭脳の
民衆なのでございます。

ただカースト制度というしがらみの中で、貧しい環境で育った
子供はまともな教育を受けることが出来ません。

貧しさと教育のなさだけで、素晴らしい可能性の芽は国の
制度によって根こそぎひっこ抜かれているのでございます。

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いずれ時間の許す限り、いじめについて書きたいと思いますが

今日も話が長くなってしまったので、この辺で終わります。

ご拝読誠にありがとうございました。

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 ナマステイ。

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No.287 インドからの初説法(サルナート)

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今月はインド特集でございます。

私は正月見聞を広めるため、これから発展していくであろう
インドに行ってまいりました。

そして私の小さな夢がまたひとつ叶うことが出来ました。

私は生きている間にどうしてもお釈迦様が悟りを開いた
菩提樹とガンジスをこの目で確かめたいと思っていました。
それが現実となったのでございます。


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はるか遠い昔、お釈迦様はこのインドの地で王子として誕生しました。

そしてご存知のとおり仏教という教えを広めたのでございます。

昔西遊記というテレビ番組がありました。ゴダイゴのガンダーラは
今聞いてもいい曲です。

そこに行けばどんな夢も叶うというよ

誰も皆行きたがるが遥かな世界 そのお国の名はガンダーラ

愛の国ガンダーラ

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何不自由なく育った王子釈迦は、少年期を過ぎ、言い知れぬ
思いに駆られていきます。

人はなぜ生まれ、死んでいくのか。そして老いて苦しみ
病の淵に落ちていく人間がいるのかを真剣に考えていきます。

お釈迦様のすごいところは、生まれながらに何不自由ない
暮らしをしているのに不自由に生きる人間の立場で物事を
みてきたところにあると思います。

私が金持ちで裸の王様でいたのなら、そんなことは微塵も
思わずに快楽に落ちるとこまで落ちていくでしょう。

だから私は金持ちの星の下に生まれなかったのです。
私の両親の環境で生まれたからこそ、このインドの地に
言い知れぬ思いが芽生えたのです。

上の写真は日本政府が建立した寺院の中にある壁画として
お釈迦様の生涯を描いてあります。

日本の画家が残したもので、戦前の作品ですが、傷みも少なく
奇麗に保存されていました。

その中の一場面。苦行に耐え、身も心も弱り果てたお釈迦様は
美しい乙女スジャータからミルクをもらい、甘くて暖かいおいしい
ミルクを飲み干した後、この菩提樹の下で悟りを開いたのでございます。

そして今。私はその同じ空間に来ることが出来たので
ございます。感動ものです。

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ところがインドには、その思いはありません。仏教の国ではないのです。

神の国バラモン・ヒンズー・シバの3大神の国なのでございます。
ですから、この寺は、異国チベットの僧侶がお守りしているのです。

偉大な人とは死んだ後にでも心に残るものだと思います。
生きている間に賞賛を浴びても死ぬときは一人で死んでいくのです。

善い人は徒党を組まないのでございます。だから善人なのです。
善党とは言いません。

徒党を組んで一人で何も出来ないのが悪人なのでございます。
だから悪党といわれるのです。

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上の写真が菩提樹の下で5人の弟子たちの前で始めて説法を
語り座した跡でございます。

思わず手を合わせた私がそこにいました。

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こうしてブログをかりて宗教の話をすると、初めて観てくれた方に

お前はどこかの宗教の回し者かと思われるのも私の本意では
ありませんので、そういう観点から見て欲しくはありません。

そうではなく、生きている間に会いたい人、行きたい場所に行って
自己実現できること、そしてそれは思えば叶うことを共感して
いただきたい気持ちで書かせていただきました。

今日も長くなってしまいましたが、ご拝読誠にありがとうございました。

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お釈迦様が悟りを開き説法を説いた菩提樹の下。


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5〜6世紀につくられ、後に改修され今のような
巨大なものになったダメーク・ストゥーパ (仏塔)

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No.286 イ ンドの食

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今月はインド特集をお送りしています。

今日はインドの食と題しまして、私なりのコメントを
させていただきます。

インドのメインディッシュはご存知カレーでございます。

カレーで始まりカレーで終わる。そんな毎日を滞在中は
すごしてきました。

日本では小鉢に入った数多くの食材がありますが、
インドの場合、その食材のどれもかにカレーを
加えているのでございます。

チキン・豆・ほうれん草・野菜。毎日毎日カレーで飽きる
かと思いましたが、飽きはなかったですね。

どこの料理店もまー。不味くはございませんでした。

しかし、これまじめな話、最後の帰国の時には体から
カレーの匂いが手から皮膚から放たれてこれまたびっくり
いたしました。

さすがに素手で食べるのは出来ませんでしたね・・・・


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下の写真はインドのデザートでグラームジャムン。冷たい果物かな
と思いましたが、温かくてとても甘いカステラのはち蜜和えみたいな
かんじです。

その奥に見えます食べかけのせんべいは、めちゃ辛くて、めちゃ旨い。
これ日本で発売したら売れると思います。

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インドのトマトジュース。これまた甘くて、私好みではございません。

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インドのビール キングフィッシャル。不味くはありません。


街道の屋台で売っている果物。品物の周りにはハエが飛び回っていて
食べる気はしませんでしたが、ニラジ( 旅の相方インド人 )から薦め
られたので食べましたが塩がまぶしてあってしょっぱ過ぎなんです。
不味くはありません。

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インド風揚げ餃子って感じですかねー。不味くはありません。


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インドといえばナン。ナンの作るところを見せてもらいました。
ナンは旨かったですね。それに飽きません。

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インドのシシカバブ。発祥の地はメキシコかと思いましたが、どうやら
インドかも知れません。

ニューヨークの屋台でよく売っていますが、それよりも具がカラフルで
美味しかったです。

�@同じことを何度も何度も繰り返す話があると思いますが、私が
 健忘症になってるのではなく、意識して繰り返し伝えていきたいと
 思います。

�A写真はすべて自分のデジカメで撮ったものを載せていきます。

�B異国のインドのイメージを見ていただく方たちなりに感じていただけ
  るように努めます。


 ご拝読誠にありがとうございました。


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№285 インドの友の友

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今月はインド特集でございます。

12/29日デリーから国内便の飛行機に乗り、ベナレス郊外
にあります釈尊初転法論(初説法)の地、サルナートにきました。

ここで二人のインド人と知り合います。

ニラジ ( 旅のエスコートをしたインド人 ) の友人でございます。


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今回の旅の目的は

①ここ、釈尊が悟りを開いた菩提樹に来る

②聖なる河 ガンジスを小舟でわたる

③インドの人たちの文化に触れる    でございます。

インドの総人口、10億人を超えた現在。インドは人で
溢れかえっていました。

その数多い人の中から、こうして二人に縁することはとても
素敵なことと勝手に思っている私でございます。

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上の写真の彼は、日本人の奥さんをもらい、ここサルナートで
奥様の名前「 さちこ 」という装飾品のお店を営んでおります。

彼がまた日本語がめちゃうまいのでございますが

「 センゲツ センソウ( 戦争 )ニマケテシマッタンダ 」

「 戦争? 」と聞き返した私に

「 ゴメンゴメン センキョ センキョ ( 選挙 )」と笑っていました。

ここの地元では顔が広く将来かなりの有力者になるような
気が私には感じられました。

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次の方は、ベナレスの地元のガイドでございまして、立派なひげが
とても似合う無口な初老でございます。

言葉なくてもいつも笑顔で対応していただき、ガンジスの聖なる河の
小舟で撮ったツーショットでございます。

「 イッツ クール ( 寒いね )」と問いかけた私に
ただ黙って笑い頷くだけの粋な初老でございました。

No.284 インドの友( ニラジ )

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今月はインド特集を繰り広げております。

今日は、この旅の私の大きな支えになったインドの友
ニラジを紹介させていただきます。

今回の旅はツアーではなく私と相方ニラジとの二人旅で
ございました。

旅行会社からの説明書で、エスコートとガイドの違いを
知らされました。
ガイドよりも業務的だとおもっていたし、あまり期待もして
いませんでした。

初めて空港で対面したニラジはスーツ姿でネクタイを締めて
劉著な日本語で話しかけてきました。

初対面のときにネクタイを締めてくるナンざー、おつなもんで
日本の節度をわきまえているインド人だなと思いました。


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「インドハ ピンカラキリノクニデス タビノオトモヲサセテ
イタダキマスガ オモッタコトワハッキリコトバニシテ
イイアイマショウ ヨロシク」

インドはカースト制度という身分があり。
生まれたときから身分が決められております。
彼の家はそれなりの位の高い家柄で恵まれた環境で育ちました。

日本に来たことが一度もないのに、インドで独学で日本語を
学びこうして観光の仕事に携わっています。

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5年前、9.11同時多発テロが起きたとき、日本人観光客が
パタリと来なくなり、約1年間仕事にありつけなかったそうです。

そのことをきっかけに彼は弁護士になることを心に決め
今仕事をしながら資格を取るため勉強をしています。

元から頭が切れるのですが、たいしたものだと関心しています。

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彼がいてくれたお陰で、事故もなく楽しい旅が出来ましたし、
インドの歴史もたくさん教えていただきました。

地元地元で顔が広く友人もたくさんいます。素敵な仲間も
紹介してくれました。

常に一生懸命で、お客の立場に立って対応していただき
優しい男でございます。

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異国の国に友がいるとは、とても素敵なことでございます。
お金には返られません。

素晴らしい友と出会えたことが今回の旅で人生の大きな財産
を得ることが出来ました。

心から感謝しております。

ニラジのことはまた後日紹介させていただきますので
よろしくお願い申し上げます。


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�@同じことを何度も何度も繰り返す話があると思いますが、私が
 健忘症になってるのではなく、意識して繰り返し伝えていきたいと
 思います。

�A写真はすべて自分のデジカメで撮ったものを載せていきます。

�B異国のインドのイメージを見ていただく方たちなりに感じていただけ
  るように努めます。


 ご拝読誠にありがとうございました。


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No.283 あかひげ〜その後〜

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新年のご挨拶であわただしい毎日でございます。

今日は地元の町病院の院長先生にご挨拶に伺いました。

昨年院内改装工事を賜りました。

【 06 12/4日 エントリー No.253 あかひげ 参照 】

をご覧ください。

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その時床のCFも交換するかどうか検討されておりましたが、今回は
見送る事になり、既存の器具の跡が出てしまったので、そこだけ
処理をするよう賜りました。


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先生から前のあまったCF材料があるから使ってくれと言われました。

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「先生 これ同じ材料じゃないですよ」と、私。

「 あらー。そうなの まーしょうがないですね 」と、先生。

とぼけた顔がなんともいじらしい・・・・。

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最後の仕上げはCF専用のシーラーを切り口部分に
塗布して固めて終了でございます。

改装工事も大変満足していただき、お礼の言葉を
投げかけてくれました。

本年もよろしくと共に末永くお付き合いのほどを・・・

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【施工前】  昨年改装工事した院内

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【施工後】


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No.282 インドの1日目(朝日の12/29日)

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今月はインド特集でございます。
前回は不満のインドについてお話させていただきましたが
何だかんだ言って良い旅でございました。

ツアーで行きましたが、ありがたいことに私一人だけで
ございまして、現地インド人のエスコートと旅をしました。

私は団体行動が苦手なので最高の贅沢を満喫できました。

前日の到着の疲れも一晩眠れば回復いたしますが
朝の6時からイスラムのお祈りの歌がながれだし
ひび割れたマイク音響のうるささで起こされたしだいです。

まだ薄暗い、肌寒い朝でございました。

とりあえず、服を着替え、外の空気が吸いたく、ぷらぷと
散歩を始めました。

オールド・デリーの裏街道でございます。


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夜は決して外に出ないように忠告されていましたが、朝は
大丈夫だろうとおもい、おもむくまま歩いていたら裏街道を
歩いていて、朝早くから人々が市場の段取りでにぎわっていました。

日本で言う上野アメ横って感じてすが、汚さは想像を絶するほどです。

なんとも異様な不意息が私を包み込みました。
これ以上奥に行ったら、不味いかなと思い、来た道を引き返しました。

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上の写真は朝。食欲はありませんでしたが、現地の屋台食を
食べてみたいと思いナンとカレー汁を少しだけ食べました。

エスコートのニラジ( 後に私の友人になる )に待ち合わせた時間の
会話の中で、

「 朝早く、屋台でナンを食べたよ。美味しかった 」

そうしたら ニラジ

「 ダメ ナンデソンナトコロデタベル オナカコワシチャウヨ 」

と血相かいて怒りだし、この先もしかしたら病気になっちゃうかも
と不安に4時間くらい襲われました。

しかし食べちゃったものは戻せません。吐き気ももどしもしたくは
ありません。なったらなったで諦めるしかないと腹に決め

もし無事でいられたら、これからの旅を引き締めて行動していこう
とも腹に決めたのです。

お蔭様で何事もなく今に至っております。ありがたいことです。

感謝 感謝でございます。

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ホテルに戻ったら東の方からオレンジ色の朝日が顔を出しました。
とても奇麗でした。写真では伝えられません。

インドの1日目の朝の出来ことでございました。

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No.281 信頼

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仕事始めから私は、年末にご挨拶できなかったお世話になっている
方たちのところに新年のご挨拶にお伺いさせていただいております。

今日はさいたま市で絵画の額縁を作成している(有)雪山堂の
雪山社長を紹介させていただきます。

雪山社長とは、とある勉強会で知り合い、かれこれ4年くらいに
なります。とても温和なやさしい方でございます。

私はご挨拶も兼ねてもうひとつ仕事の依頼を頼みに来たのでございます。

今月はインド特集であり、そのインドの記念にと事務所に飾る
インド製の飾り用絨毯を買ってきまして、それに似合う額を作成
してもらいたく連絡をしました。

額の専門店が本社ではなく浦和支店ということで、わざわざ
私のために浦和支店にきていただきアドバイスをいただきました。


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下の写真はインドの政府公認の格式高いお店でございます。
ここで、その飾り用絨毯を買わせていただきました。

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これがそうでございます。まわりにトルコ石が敷き詰められています。
パッと見て気に入ってしまい買いました。

日本人はとかく光物とかちゃらちゃらしたものを忌み嫌いますが、
本当は光物を身に着けたり、飾ったりすることは相手に光を与える
ということで良しとされています。私もそれを信じています。


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いろいろの種類の額がありましたので、選ぶのに苦労しました。

雪山社長からアドバイスいただいたのは、バランス感覚と基礎的な
ことだけです。後は私の性格を知っているのか、横で黙っていて
私の思うがままのものを選ばせてもらいました。


4年の月日が積み上げてきたものは、お互いの信頼であります。

これからいろんなものを仕事でもプライベートでも欲しいものが
訪れてきます。そのときに専門の信頼おけるパートナーがいれば
変なものは薦めないと思います。

何が本物で安物かは素人の私には分かりません。これは本物です
と言ってくれたものを見聞きを養いながら、このアドバイスを
信頼して、後は自分の感覚で気に入ったものを選択していく。
そこには絶対的な安心感が芽生えてきます。

私もお客様に対して安心感という信頼を提供していきたいと
意識しております。


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出来上がりがとても待ち遠しいです。
完成したら、また報告させていただきます。

ご拝読誠にありがとうございました。

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明日はインド特集です。    ナマステイ。

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№280 フマンパートツー

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今月はインド特集でございます。昨日の続き、
旅の不満パート2として、お話をさせていただきます。

昨日は飛行機の不満について述べました。

前回も述べましたが、決して陰口でも悪口でも
愚痴でもございません。いつでも自分の発言に
責任を持って話をさせていただいております。

2010年には、インドで大題的な国際行事が行われる
予定でございます。

首都デリーの町も急ピッチで改造工事を行っています。

ましては、中国の次はこのインドが経済マーケティングの
宝庫になるのです。

私ごときがあがいても、どうなることでもありませんが
もし、私に発言力があり有名人にでもなったならば
きっと世論に私の発言は、つぶされていくでしょう。

そうすると今の無名の私の発言は、世論は相手にしません。
私に共感持つ方たちにストレートに伝わっていきます。

今までの固定観念を変えられる情報を提供出来るのは、
こうした身近な人たちの言葉だと思うのです。


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 【 インドに到着したむくんでる私 】

私はお客様や友人を連れて、青山の「カシータ」というお店に
よくいきます。ここのお店のスタッフの対応は素晴らしい。

そしてこの社長がめちゃ格好いいのでございます。
青山の暴れん坊将軍松平健様に似ていらっしゃいます。
この方の本を読ませていただきましたが、ここでも
日本航空大手2社の比較と批評が書かれていました。

たぶん出版されたものですから、批判されたひとつの
航空会社の方たちの中で目にした人もいたかもしれません。

ここで日本の経営者はずば抜けていると思うのです。

お客様から批評をいただいた。そうしたら改善していこうという
向上心があると思うのです。

その結果が、料理がうまい。治安が良い。時間に正確
という贅沢を味わせてくれているのです。

ですから日本の企業は本当に素晴らしいとつくづく
思います。

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 【 ホテルに着いた疲れている私 】

それにひきかえインドの経営者はどのように考えているのか

ホテルも最悪。最高級のホテルでしたら大丈夫かも知れませんが
私はそのホテルでさえ信用していません。

というのは、最後の帰国の飛行機が飛べなくなり、近くの大きな
ホテルに泊まらされました。

外観が高級ホテルに見えましたので、それなりのもてなしを
してくれると思いましたが、中へ入って、おったまげ。

建物が古いのもわかりますが、シャワーはお湯が出ない。
水漏れはする。ペットシーツはじりじりと破れていく。
ケーキが不味い。

あーこれは、いくら金をはたいてもあたりはずれがあると
思いました。


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40の親父のたわ言だと思わないでいただきたい。文句があるなら
行かなきゃ好い。それも言えます。国の文化・生活には文句は
言わないし、それが当たり前と思います。

ですが、登竜門の飛行機とホテルだけは、国際的レベルにどの
国もなってほしい。

それが出来ないのなら、私は自家用飛行機を用意しなければ
いけません・・・・?

すいません。大ボラ吹いてしまいました。

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 【 オールド・デリーの町の様子 】


※撮影は全て私のデジカメ

№279 お国の違い

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今日からインド特集を展開していきます。昨年12/28日から
見聞を広めるためインドを旅してまいりました。

旅の満足度を100%とするならば今回は70%でございました。

不満の30%は飛行機とホテルサービスの低さと汚さを挙げます。

今日は、満足の部分ではなくこの不満な部分を先に紹介させて
いただきます。


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12/28日成田を12時に飛び立ったインディア航空は初めて乗る飛行機で
経験のため一度乗ってみるのもいいかなと予約しました。

行く前にインドにたいする知識や情報をそれほど勉強していきません
でしたが、ある程度のアクシデントは起きる事をそれなりに想定していました。

しかし、帰国のフライトで不満は一気に爆発いたしました。

1/3日の深夜、帰国のため航空で最終チェックをした後、飛行機は
飛べないと言われ、次の日の深夜のフライトで帰国したのでございます。
ですから1日遅れの1/5日に日本に帰国いたしました。

飛べない原因は霧のためとのことでした。

1/4日は航空近くのホテルでいつ出発するのか分からない状態
でしたので、ホテルの部屋で缶詰状態でございました。

話を前に戻します。インドに到着したのが2時間遅れのインド時刻の
12/28日深夜10時30分でした。日本との時差は3時間30分遅れていて
日本ですと12/29日午前2時ごろです。

インドで出向いていたガイドさんからその時、情報を聞いたのですが、
二時間くらいは毎度のことで、昨日の大阪便の飛行機は12時間
遅れたと言っていました。

私は、その時点では、初めてのインドでしたので、あーそういうものなのか
かえって2時間遅れですんだことにラッキーと思っていたくらいです。

しかしその12時間も送れた原因が後の帰国の便を遅らせたんだと
私は考えています。あくまでも憶測でございます。

霧だけで欠航になるでしょうか? ましてや前日も違う便が霧のため
飛べなくなったと言っているのです。おかしい・・・・
そういうものなのでしょうか? 詳しいことを知っている方はメールで
是非教えてください。


pp 213.jpg

インドは紙とトイレの無い国と聞いていました。上の写真は
インドに向かう飛行機のトイレでございます。分かりますか?
壁と壁の隙間をコーキングしてあるのです。このときの私は、

インドという国はものを大切にして、格好はどうでもよく、飛べれば
いいんだなーぐらいのレベルで考えていました。

しかし、無愛想なスチアーデスから差し出されたストロー付の
パックのオレンジジュース。

おいおい、仲良しクラブの山登りでもあるまいし、コップに入れて
よこさんかいと帰国のときはあきれていました。


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皆様はどう思われますか?

いくら飛行機が一番安全と言いながら、落ちてしまえばあの世行きです。
高い旅費を払って、快適な空の旅が出来ないのなら、航空会社は
お客に対してどこでサービスを提供するのでしょうか?


時間のルーズ。これも毎度遅れるならば、なぜその時間に設定しないのか、

すべてはお国の違いですからと片付けてもらっては困るのです。
空の空間には国柄もへちまもないのでございます。
国際的レベルで対応していただきたい。

愚痴ではございません。乗客からの意見でございます。

明日も不満の続きを紹介します。あしからず・・・・

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※撮影  薄井宣正

№278 はじめるまえに

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正月気分も今日まで。明日から一斉に現場が動き出します。

景気も上向きにきています。今年も健康第一、安全第一をかがげ
仕事にまい進していきますのでよろしくお願い申し上げます。

今年のテーマは「 原点に帰る 」です。
仕事で言いますと、もう一度原点である塗装に対して、新しい
可能性を創造して、お客様に分かりやすい塗装の知識の幅を
広げていきたいと思っております。

そして、ホームページも新たにリニューアルさせていき、今月は
その構成の日々が続くと思います。

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そして仕事はじめの明日から、私のブログもインド特集として
今月繰り広げていきます。

日々のブログは私の作品として、真剣に取り組んでおります。

なぜならば、今日はじめて検索してくれた方たちに対して
興味を引くものでなければ次にはつながりません。

義務感で続けていけば、そこには面白さは伝わりません。

私がこのブログを続けてこれたのは、アクセスを繰り返して
下さる方たちの数が増えているからでございます。

去年は85パーセントの方がリピーターでございます。
これは驚異的なことと私なりに受け止めています。

これにもっと新規でアクセスしてくださるシステムを構築
していくならば、これまたかなりの情報提供が出来るのです。

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今まではホームページを載せることが必要でしたが、これからは
載せているだけではお客様にアピールできないと思います。

何が必要か?

はい。興味を引き付ける面白さでございます。

そのために嘘と虚像で興味を引かせても、それはいつしかメッキが
はがれるがごとく逆に悪いイメージを与えてしまいます。

だからといって相手に媚を売ってまでして売り込んでも、今度は
仕掛ける側がつらくなってしまいます。

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塗装とリホームの会社なのになんで全然関係ないことを書いているんだ
今、こんなの必要ないんだと言って、終わってしまうかもしれません。

それを恐れて書きたくも無いイメージアップだけに費やしていたら、
たぶん私はこうして続けることは出来ないでしょう。

仕事のことばかり書いて、果たしてみる側はどう思うか、私なりに考えています。
独りよがりかも知れませんが、私が見る立場であれば面白くありません。

用は好きか嫌いか。良いか悪いかただそれだけでございます。


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私はいろんな角度から私並び弊社を見てもらいたいし、そういう
会社でありたいと思っています。

仕事だけではない違うところから弊社を気に入ってもらうのもひとつの
選択と思います。

そういった意味でどうぞ明日からのインド特集を楽しんでいただけるよう
情報提供させていただきます。

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インド特集をはじめるまえに・・・・

①同じことを何度も何度も繰り返す話があると思いますが、私が
 健忘症になってるのではなく、意識して繰り返し伝えていきたいと
 思います。

②写真はすべて自分のデジカメで撮ったものを載せていきます。

③異国のインドのイメージを見ていただく方たちなりに感じていただけ
  るように努めます。


 ご拝読誠にありがとうございました。

№277 22年

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昨日の悪天候の中、私は墓参りに行くため車を西に
走らせました。

中央高速は雪で危ないと感じ、降りしきる雨の中、東名に
向かいました。

日が暗くなった午後6時過ぎ宿に泊まり、明日天気になることを
願い床に就きました。

昨日の激しい雨が嘘のように底冷えの晴天と相成りました。

今回の題名。【22年】とは昔フォークソングで「22才の別れ」という
名曲がありました。全然関係ありませんが、今年私は40歳に
なりました。

高校を卒業すると18歳。40歳からこの18歳を引いた数22年の意味
でございます。

私の先祖のお墓は静岡県にございます。私は、高校卒業まで
この駿河の国で育ったのでございます。

そして何の縁( えにし ) か分かりませんが、私のお墓がある
お寺に高校の同級生が僧侶として出家なされており、薄井家の
お墓をお守りいただいております。

広い境内の中、ひとつの寺の住職になられた田畑僧侶のもとへ
新年のご挨拶に伺いました。

そしてもう一人。同級生の橋本僧侶も駆けつけてきていただき
3人で同窓会となったのでございます。

個々で会うのは、墓参りに来るたび、お会いしていましたが、こうして
3人で会って語り合うのは、22年ぶりのことでございます。

「 田畑住職 お供えにこのお酒もって来ました 俺は車なので
 一緒に飲めないけど 後でご賞味ください 」

「 あーー どうもありがとう  えっ 薄井君 この酒 越乃寒梅
 じゃないか」と田畑僧侶

「これ 幻の酒で有名だと高校の担任が言ってたな 」と橋本僧侶

「 よくそんな昔のこと 覚えてるな ハハハハハ」

と学生にフィードバックでございます。


お昼時にお邪魔させていただいたので、田畑住職の奥様からラーメンを
ご馳走になり、3人でラーメンをすすりながら昔の話で花を咲かせました。

インドに行ってきた土産話も気持ちよく聴いていただき、自分の思いを
語らせていただきました。

最後まで話を聴いてくれた住職からその後お話をしていただきました。

その内容は、控えさせていただきますが、お話を賜った後私は

「 ありがとうございます ラーメンすすって お茶飲んで そのときは
 友人として語っていましたが、今のお言葉をいただいたときは
 御僧侶と拝し 私は 一人の人間として聴かさせていただきました
 どちらが偉いとか出世したからなどとそんなことではなく 馴れ合いの
 友達づきあいでもなく 心から頭を垂れてご指導を仰ぐ師弟の関係
 にすぐ変われるこの距離感をもてることになんて素敵なんだろうと
 今本当に思っています そう思いませんか?」

「 薄井 お前も成長したな 」


私が小学生くらいのとき、テレビのお酒のCMで今は亡き
故 宇野重吉演ずる坊さんと 故 石原裕次郎が境内の
縁側で言葉遊びをして酒を交わすシーンを見て幼心に

「格好いいなー」とマジに思っていました。

私も二人とそんな関係を築き上げていければと本気で
考えております。

話がまた長くなってしまいました。ご拝読誠にありがとうございました。


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   左 私      中央 田畑僧侶    右 橋本僧侶


※ 今回撮影に協力していただいたのはあくまでも友人としてであります
   ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

   

№276 2007新年明けましておめでとうございます

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皆様。改めまして、新年明けましておめでとうございます。

本年も昨年以上にこのブログと弊社のご支援のほどを
心よりお願い申し上げます。

今月でこのブログも2年目を迎えることが出来ました。
これもこんな私のブログ作品を応援していただく皆様の
アクセス数が月ごとに増えていることを励みにここまで
くることが出来ました。

この数字の結果に甘えることなく、本年は昨年以上に
より良い情報と私の思いが、面白く皆様に伝わる表現が
できればと思っております。

2006年冒頭での挨拶文
 06 1/1日 エントリー 新年あけましておめでとうございます 参照

を読み返してみて、昨年はそれなりに自分で納得できる一年
でございました。

文章などは、これが40になった経営者の文面かと目を覆いたく
なりますが、これから積み重ねていくことで上達していくと信じて
いますし、努力していくつもりでございます。

昨年は人とのつながりをテーマにしてきましたが、本年のテーマは、

「 原点に帰る 」をテーマに
繰り広げていきたいと思っております。

そういった意味も含めまして、昨年12/28日からインドを旅して
まいりました。本当ですと昨日帰国する予定でしたが
空港で飛行機トラブルがございまして今日無事帰国することと
相成りました。

一月はこの「 原点に帰る 」の幕開けとして、インド特集を
繰り広げていきたいと思っています。

面白い作品を提供させていただきますので楽しみにしていて
下さいませ。

明日は帰国の報告を兼ねて墓参りに行ってまいりますので
ブログはお休みとなります。

重ね重ねこれからもよろしくお願い申し上げます。

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~お知らせ~

弊社の仕事始めは1/9日(火)となります。

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ナイガイセルフ社長


ナイガイセルフ
代表取締役 薄井宣正
住宅リフォームや内外壁塗装など、自然塗料の施工リフォームを提供している会社社長
by Nobumasa-Usui


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